2012年07月15日
はままつ東北交流館・第一回福島県視察研修会
はままつ東北交流館・第一回福島県視察研修会は、相馬市~南相馬市を廻ることができました。
7/13浜松駅を21:00に出発しました。
バスはレンタカー、運転は館長自ら行いました。22:50富士川SAで休憩。
0:20港北PA→2:10都賀西方PA→3:30阿武隈PAと来て、ここ阿武隈PA(東北自動車道)で仮眠を取りました。雨です。5:00出発。
福島松川PAで時間調整して、6:45福島西ICを降りたところです。
館長のお父さんが合流です、福島市内で。朝食の温かいおにぎりとお茶を差し入れしていただきましたm(_ _)m
飯舘村を通過しました。田畑も作っていません。牛もいません。解除になりましたが、人もほとんど帰ってきていないそうで、家はカーテンが閉めてあります。コンビニもやってません。
雨は上がりました。
一日、案内をしてくださる南相馬市市議の竹野さんが合流しました。線量計を準備してくださいました。目に見えない放射線をモニターしながら廻ります。
相馬市の原釜漁港を見学しました。津波の跡が痛々しい。試験操業を始めているそうです。
相馬市磯部地区、津波の被害で何もなくなっています。危険区域で住めないそうです。高台への集団移転を検討されているそうです。言葉がありません。
南相馬市鹿島区の海岸近くの場所、船の残がいと瓦礫の山があります。
東北電力原町火力発電所、津波の被害を受けました。電力確保のため、多くの人出で急ピッチの復旧が進められています。
南相馬市小高区、小高駅前通り、警戒区域が解除されて3ヶ月経ちます。しかし、地震当時のまま手が付けられていません。人も見かけません。
ただ、ボランティアのかたが入り始めていました。
警戒区域の入口、許可証がないと入れません。
南相馬市小高区の居住制限区域、2年間は住めないそうです。放射線のサーベイをしている車と行き合いました。
草が伸び放題で。。。時間線量も・・・
南相馬市友伸グラウンド応急仮設住宅に少しだけお邪魔しました。静岡のお茶をお届けしました。地震で家を失われたかた、家はあっても放射線で帰れないかた・・・いつまで続くのでしょう。。。先の見えない不安を話してくれました。
宿泊は福島ビューホテル。福島駅西口のすぐ近くです。
本日の最後は、ミーティングです。それぞれが、どう感じたか、どう考えたか、四つのグループで話し合いました。福島の場合は、地震と津波に加えて、放射能という問題があることを強く認識しました。被災者の方は、忘れないで欲しい、震災は終わっていないプロローグに過ぎない、話しを聞いて欲しい、と思っていると認識しました。町がバラバラ、家族がバラバラ、長期化に心が折れる、先が見えない不安、という問題があることを認識しました。私達はそれを伝えていきたいと思います。
家族がバラバラのなることは一番辛いことだと思います。先の見えない不安の中で、何を糧にして頑張ればいいのか。南相馬市がこのような状況だということは、双葉郡の実態はもっと厳しいと推測できます。家庭内の問題をどう修復するのか、どう家庭を作るのか。原発事故は家庭崩壊、地域崩壊につながると再認識しました。まず生活基盤の安定化が必要だと思います。
私たちに出来ることは微力かもしてませんが、震災を風化させないよう、次の世代につなげていきたいと思います。
《By 事務局》
Posted by はままつ東北交流館 at 08:46│Comments(0)
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